コラム「交通事故における損益相殺とは?|示談金が減額される仕組みを弁護士が徹底解説」

1 はじめに

交通事故の被害者が、治療費や休業損害などとは別に、労災保険・自賠責保険金・各種社会保険から給付を受けた場合、それらが損害賠償から差し引かれるのか——。
示談交渉の現場では、ほぼ必ず問題となる重要な論点です。

本コラムでは、交通事故の損害賠償で必ず押さえておくべき 「損益相殺」 について、裁判例をふまえてわかりやすく解説します。


2 損益相殺とは?(基本概念)

損益相殺とは、交通事故などの不法行為による損害賠償額を算定する際に、

事故を原因として損害だけでなく利益も受けた場合、その利益を損害額から控除し、公平な負担を図る考え方

をいいます。

法律上の明文規定はありませんが、
「損害の公平な分担」(民法709条の趣旨)に基づく重要な法理として確立しています。


3 交通事故で損益相殺の対象となる主なもの(実務でよく問題になる給付)

損益相殺の対象になるかどうかは、

  • 給付の目的・趣旨
  • 加入費用の負担者
  • 加害者に対する代位取得の有無

などを総合的に考慮して判断されます。

① 自賠責保険金

自賠責保険は被害者救済を目的とした制度で、支払われる保険金は損益相殺の対象とされます(最判昭39・5・12)。
政府保障事業の填補金も同様です。

② 労災保険の給付金

労災保険給付は損害を填補する性質を持ち、代位取得の規定(労災12の4)もあることから、損益相殺の対象です(最判平8・2・23)。

ただし、

  • 休業特別支給金
  • 障害特別支給金

などの「特別支給金」は損害補填が目的ではないため、損益相殺の対象外とされています。

③ 各種社会保険の給付(健康保険・厚生年金・共済など)

損害と同質性が認められる場合、損益相殺の対象となります。

例:

  • 障害厚生年金(最判平11・10・22)
  • 遺族厚生年金(最判平16・12・20)
  • 障害基礎年金(最判平11・10・22)
  • 健康保険の傷病手当金・高額療養費 など

④ 人身傷害補償保険金

実損填補型であり、代位規定も存在するため、損益相殺の対象です(最判平20・10・7)。
ただし、控除される金額は「自己過失分を超えた部分」に限定されます。


4 損益相殺ができる範囲(費目ごとの制約)

損益相殺は、同じ損害項目間でのみ行われるという重要な原則があります。

例えば、

  • 労災の休業補償給付 → 休業損害(逸失利益)から控除
  • 慰謝料から控除することは不可(最判昭58・4・19)
  • 積極損害から控除することも不可(最判昭62・7・10)

どの費目からどこまで控除されるかは、示談交渉・裁判でも頻繁に争点になります。


5 損益相殺ができる範囲(将来給付の扱い・時的制約)

年金給付や将来の介護給付など、将来の給付が確定していないものは原則として損益相殺の対象となりません(最判平5・3・24)。

理由:

  • 将来の給付は不確実性がある
  • 債権取得のみでは現実の補填とはいえない

ただし、政府保障事業との関係では特則があり、
将来受給予定分も含めて控除されるという裁判例があります(最判平21・12・17)。


6 生命保険は損益相殺の対象になるか?(結論:ならない)

生命保険金は、

  • 契約者が支払った保険料の対価
  • 事故と無関係に支払われるもの

であることから、損益相殺の対象外です(最判昭39・9・25)。

傷害保険などの定額給付型保険も同様です。


7 搭乗者傷害保険金は損益相殺の対象か?(対象外)

搭乗者傷害保険は、

  • 加害者に代位取得しない
  • 損害補填ではなく搭乗者保護が目的

であるため、損益相殺の対象外とされています(最判平7・1・30)。


8 自損事故保険金も損益相殺の対象外

自損事故保険金も生命保険に近い性質を持ち、定額給付・代位なしのため、損益相殺の対象外と判断されています(東京高判昭59・5・31)。


9 まとめ:損益相殺は極めて複雑。示談前に弁護士へ相談すべき理由

損益相殺は、

  • 何が控除されるか
  • どこから控除されるか
  • 控除できる時点

など、裁判例が多数存在し非常に複雑です。

保険会社が最初に提示する金額は、裁判で認められる金額より低いことが一般的です。

一度示談書にサインしてしまうとやり直しはできません。
そのため、示談提案があった場合は、必ず弁護士によるチェックを受けることをおすすめします。


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